中国レポート  No.75 2019年11月

北京は11月15日から暖房が入った。いよいよ本格的な冬の到来だ。今年もやや暖冬気味のようだが、日によって寒暖の差が激しい。最近のニュースでは、今年砂漠地帯で異常に雨が多いという。9月に甘粛省の敦煌に旅をした友人の話では、この有名な乾燥地帯で、観光した2日間雨が降り続いたという。敦煌の仏教石窟群では「莫高窟」が有名だが、4世紀から約千年に渡り彫られ続けられた世界最大の仏教遺跡である。この貴重な仏教遺跡は、かつて一部が異民族の破壊に遭ったが、現在も比較的完全な形で残っているのは気候と関係がある。ほとんど雨が降らない乾燥地帯だからである。なお、新疆ウイグル自治区のタクラマカン砂漠でも、今年は異常に雨が多いという。一時的な現象かどうかはわからないが、ある学者は「気象変動で、このまま砂漠地帯で多雨が続けば、数十年後に砂漠は緑地と化す」と言っている。
さて、世界の「政治気象」も異常な状況が続いている。米中経済戦争など、中国もこの政治的異常気象に巻き込まれ、四苦八苦している状況は変わっていない。その中で第3四半期(7月―9月)の成長率が発表された。6.0%であった。専門家の間では、6%を切るのではないかという予測もあったが、政府の目標である「6.0%から6.5%維持」はかろうじてクリアした。
中国経済が大きな曲がり角にあり、成長は緩やかにだが減速している事は間違いない。しかし北京の街を歩くと、中国の景気が良いのか、悪いのかわからなくなる。デパートや商店は大変な人出だ。レストランはどこも満員である。確かに高級品の買い控えはあるようで、新車販売も低調だ。しかしこれは所得が減ったからではなく、様々な要素がある。先ずは習近平の「腐敗一掃」運動の中で、贅沢を排すという雰囲気が広まった。官官接待が無くなり、高級品の贈答が影を潜めた。接待が多かった超高級レストランでも客は激減した。有名ブランド品を扱う店はずいぶん売り上げが減ったという。もう一つは、やはり将来に対する不安である。不必要な出費は控えるという風潮が蔓延した。車も軽が売れ、中古車が売れるようになった。
しかし、皆が買い控えしているわけではない。金銭や買い物に対する意識は、世代間でずいぶん違う。一般的に、改革開放以前の生活を体験している中高年は、将来のためにせっせと預金し、決して贅沢品は求めない。ところが豊かな環境で育った若者たちは、「金は使うもの」と思っている。「宵越しの金は持たない」若者は多い。特に「独身貴族」は、時には借金してでも欲しいものは手に入れる。この事を如実に反映したのが「光棍節」(独身の日)のネット通販フィーバーだ。今年で11回目だが、毎年11月11日を「独身の日」とし(一般には「双11」と呼ばれる)、中国のネット通販が一斉にセールをする。ネット通販は多数あるが、抜きんでているのは「阿里巴巴」(アリババ)で、ほぼ独占状態にあると言える。アリババは情報、通信などを扱う巨大企業で、企業間電子商取引(B2B)のオンラインマーケットを運営、240余の国に5400万の会員を有する。
独身の日のネット通販は、各社とも世界中からあらゆる分野の商品を用意し、通常よりかなり安い値段で販売する。11月11日の深夜0時から24時間、ネット上で一大商戦が繰り広げられる。正に国中がフィーバーすると言っても過言ではない。主なターゲットは若者だが、今やサラリーマンや主婦を巻き込み、国民的行事となっている。翌日の11月12日は、中国で最も寝不足の人が多い日だ。今年は米中経済戦争の煽りで、不況感が漂い、買い控え風潮が蔓延しているので、この独身の日ネット通販の売り上げはどうなのか、注目を集めた。多くの人は、昨年には及ばないだろうと予想した。因みにアリババの2018年「独身の日」のネット通販の売り上げは、過去最高の2135億元(約3.3兆円)であった。アリババは強気で、国内外でこの日5億人がネット通販を利用し、売り上げは昨年を上回ると豪語した。
蓋を開けてみると、開始早々から昨年を遥かに上回る大フィーバーが巻き起こった。アリババのネット通販は、開始1分36秒で100億元(約1500億円)を突破、1時間3分59秒で1000億元(約1兆5000億円)を突破、その後も売り上げは伸び続け、16時間半で昨年の売り上げを超えた。結局アリババの売り上げは対前年比25%増の2684億元(約4兆1000億円)で、今年も過去最高を記録した。外国製品だけを見ると、売り上げの1位は日本、2位は米国であった。日本製品では花王、資生堂、ムーニー、ヤーマンなどの製品が人気を集めた。
独身の日の通販爆買いフィーバーを見ると、中国の景気は良いのか、悪いのかわからなくなる。ただ確実に言えることは、潜在的な購買力は依然存在するという事だ。不景気と言っても、所得が下がり、物価が上がり、従って実質的な貧困化が始まっているわけではない。今年1月―9月の全国1人当たりの可処分所得は2万2882元で、昨年同期比名目8.8%増加、物価要因を除いた実質増加は6.1%であった。成長率とほぼ同じ増加率である。ただ1月―6月は6.5%増だったので、伸び率が鈍化したとは言える。ここ数年、人々の所得は実質で毎年6%以上伸びている。伸び率が鈍化したとは言え、この数字は世界的に見ても、最上位のグループに属する。工業生産の1月―9月の伸び率(年間売上高が2000万元以上の企業)は対前年同期比5.6%増、サービス業生産指数も7.0%伸びた。需要は、社会消費品小売総額が8.2%増。投資は、全国の固定資産投資が5.4%増で、うちハイテク製造業への投資は12.6%伸びた。不動産開発投資は1月―9月は10.5%増であった。
総じて言えば、確かに全体として中国経済は減速している。しかし、伸び率は鈍化しているが、経済が縮小しているわけではなく、世界的に見れば、かなりな幅で伸びているとも言える。これが、中国が比較的安定している要因だ。世界経済が不透明なこの時期、そして米中経済戦争で大きな打撃を受ける中で、中国は大健闘していると言えるのである。この点は、日本の経済界も敏感である。
昨年の10月、安倍首相は訪中し、習近平主席、李克強首相らと会談したが、安倍首相は約1000人の経済人を同行した。日本経済の再起動、アベノミクスの成長戦略にとって、中国経済との協力は不可欠だ。一方で、米国と経済戦争中の中国にとって、日本との経済連携は是非ものである。日中関係は「改善の軌道に乗った」と言われる。そういう雰囲気が出るのは良い事だが、実態は経済中心の「相互利用」だ。まあそれでも双方に利があれば良いではないかとも言える。(止)