中国レポート No.111 2025年12月

10月に開かれた中国共産党20期第4回中央委員総会(4中全会)の主要なテーマは経済だった。これは当然なことで、コロナ以来落ち込んできた中国経済を何とか立て直さないと社会の治安にも悪影響を与え、「建国100周年目標」の実現はおぼつかなくなる。4中全会は党の会議であり、ここでは「党の提案」として経済の方向性を示す。この党が示した方針を政策として具体化するのは立法府である全国人民代表大会(全人代)であり、その政策を具体的に実行するのが行政機関としての国務院である。

これまで中国指導部は一貫して「2つの100年」を強調してきた。中国共産党創立100周年(2021年)と中華人民共和国建国100周年(2049年)だ。党創立100周年には「絶対的貧困の撲滅を果たし、小康社会(ややゆとりのある社会)を実現した」と宣言した。建国100周年の目標は「近代的社会主義強国の建設」である。この「近代的社会主義強国」の基準は具体化されていないが、第1段階として2035年までに「経済力、科学技術力、国防力、総合国力、国際的影響力の大幅な飛躍的上昇を実現し、1人当たりのGDPを中進国の水準に到達させる」(4中全会コミュニケ)と述べている。

4中全会では2026年から2030年までの「第15次5か年計画」(15・5計画)についての方針が「党の提案」として提起された。コミュニケは長文だがまとめると以下の内容である。

  • 質の高い経済発展
  • 科学技術の自主自強
  • 経済改革の一層の深化
  • 文明度の向上
  • 国民生活の質的向上
  • 「美しい中国」建設の発展
  • 安全保障体制の向上

これは党の「提案」なので具体性に欠けるのは仕方がない。これを見る限り、当面の経済状況について特別な措置を講ずるような提案はない。特にひどい状態に置かれている不動産市場について、特別な言及もない。これを当面の経済状況に対する危機感の欠如と言うか、それとも不況脱出への自信ととるかは、人によって違うだろうが、日本の一部にある「中国経済崩壊論」はあまりにも悲観的で事実に合わない。それほど中国経済は弱くない。

では現実に足元の経済はどうなっているのだろうか。2025年もあとわずかになったが、第1四半期(1-3月)のGDP成長率は対前年比+5.4%、第2四半期(4-6月)は同+5.2%、第3四半期(7-9月)は+4.8%だった。1-9月までの上半期は同+5.2%だった。気にかかるのは成長率が下がり気味な事だが、このままで行けば通年の成長率は政府目標の+5.0はクリア出来るだろう。1-9月の主要な経済数値を見ると以下の通りとなる。

消費全体は対前年同期比+2.7%とやや向上したがまだ足りない。直近の消費者物価指数(CPI)は8月が対前年同月比-0.4%、9月が同-0.3%とマイナスだった。10月は同+0.2%と4か月振りに上昇したが、これは国慶節(建国記念日)の大型連休の消費が貢献したためだと思われる。社会消費品小売総額(小売り売上高)は対前年同期比+4.5%、内飲食業収入は同+3.3%、ネット小売額は同+9.8%だった。昨年から続いている「買い換え支援」の効果で一部商品の売り上げが大幅に伸びた。例えば家電・音響機材は同+25.3%、家具は同+21.3%、通信機器は同+20.5%、文化・事務用品は同+19.9%となった。消費には依然として不安材料がある。1つは、「買い換え支援」が終了した後、消費はまた落ちる可能性がある。もう1つは、政府の「節約令」の影響である。これは政府が2025年5月に出した方針で、政府や党関係者は極力節約に努め、公費での飲食は控える、必要な飲食では(例えば必要な接待、会議など)酒類の提供を禁止するなどの措置である。これはあくまで政府関係者(公務員)と党関係者に対するものだが、一般人や民営企業でも宴会、接待、飲食を自粛する傾向が生まれている。良くも悪くも中国は接待、宴会社会である。接待や宴会が自粛となれば、飲食業界は大きな痛手を受けるのは必至である。酒類提供禁止令が出て、酒造業界は大きな痛手を受け、株は大幅に下落した。飲食面でブレーキがかかると、飲食店は売り上げを維持するために単価を抑える。飲食店間では激しい競争が起き、単価は下がり、体力のない店は倒産する。消費者にとっては悪い事ではないが、これが続けばデフレ傾向がさらに強まる。政府の奨励する消費の拡大と、同じく政府の奨励する節約は相反する。政府にとってはジレンマなのである。しかし両方ともやらざるを得ないのが今の経済の現状なのだ。目の前の不況は、将来に対しての不安材料だ。内需掘り起こしに躍起の政府にとって頭の痛いのは貯蓄率の上昇だ。財布の紐が固い、余った金は将来に備えて貯金する。これでは消費が伸びない。家計貯蓄率の推移を見ると、対名目GDPで、2020年が90%余、2023年が109%、2024年が115%、2025年は120%に達する見込みだ。因みに世界の貯蓄率ランキングを見ると(2023年)1位が中国、2位がスイス、7位フランス、9位ドイツ、17位米国、18位韓国、28位英国、29位日本となっている(GLOBAL NOTE)。※

1-9月の工業生産増加額(付加価値ベース)は、対前年同期比+6.2%で健闘した。製造業では過剰生産、過当競争が大きな問題となっていて、経済全体の不安定性が増大していた。この問題解決に政府が本腰を入れたという事で、製造業全体が少し落ち着いてきた。それを反映して、これまで過剰生産と過当競争に悩まされてきた太陽光パネル、リチウム電池、自動車部品などの大手企業の株価が上昇している。例えば太陽光パネルの「陽光電源」の株価は3倍近くに跳ね上がった。EV向け電池の「恵州億緯鋰能」の株価は約2倍になった。リチウムイオン電池の「広州天賜高新材料」の株価も2倍を超えた。製造業の回復は中国経済にとって明るい材料だ。

不動産市場は依然として真冬の状態が続いている。中国最大手不動産デベロッパーである「万科」の状況が中国不動産の現状を物語っている。万科は「改革開放」の波に乗って急成長した不動産デベロッパーだ。2020年には「フォーチュン・グローバル500」に208位でランクイン、同じく「フォーブス・グローバル2000」に96位でランクインした。その万科の2024年の通期決算は450億元(約9000億円)の赤字だった。2025年1-9月の最終損益は280億元(約6100億円)だった。なお不動産上場100社の、1-9月の合計損益は647億元(約1兆3600億円)に上った。100社のうち48社が最終赤字だった。1-9月の新築住宅着工面積は対前年同期比-18.3%、新築住宅販売面積は同-5.6%だった。中国は「主要70都市」の新築価格の動向を発表しているが、下落傾向は改善されていない。9月の価格下落都市は、8月から6都市増え63都市となった。これは不動産投資にも反映され、1-9月の不動産投資は対前年同期比-13.9%であった。不動産部門への投資は当然減り、減った分が株に流れている。それに加え、米中対立関係の緩和、政府の過当競争抑制取り組み強化などの要素が加わり、経済が悪いにも関わらず、株は上昇気味だ。

投資については、1-9月の固定資産投資(都市部)は対前年同期比-0.5%であった。この内製造業投資は同+4.0%、インフラ投資は同+1.1%、不動産投資は同-13.9%だった。なお、1-6月の上半期の投資は同+2.8%だったので、7月以降は減少している。これまで政府のインフラ投資などが景気の下支えをしてきた。大幅な落ち込みではないが、このままでは景気浮上に赤信号が灯るので、政府は大規模なインフラ投資などの対策を講じるだろう。

内需は依然として振るわないが、外需は上向き加減だ。貿易、特にGDP成長を支えている輸出は健闘している。1-9月の輸出は対前年同期比+6.1%。しかし輸入は同-1.1%だった。具体的に直近の9月を見てみる。輸出総額は3286億ドルで同+8.3%、7か月連続の伸びである。輸入総額は2381億ドルで同+7.4%、4か月連続で伸びた。中国は米国の関税攻撃を巧みにかわし、輸出先を多様化する事で輸出を伸ばすのに成功している。対米輸出は同-27.0%と引き続き低下しているが、その他の国と地域に関してはほぼ全て伸ばしている。対EUは同+14.2%、対ASEAN同+15.6%、対香港同+19.4%、対インド同+14.4%、対台湾同+11.0%、対韓国同+7.0%、対オーストラリア同+10.7%、対日本同+1.8%などである。特徴的なのは、まだ絶対量は少ないが、対アフリカ貿易が2025年に入り急成長していることだ。輸出で鉱業、建設、輸送関連などが大幅に伸びている。具体的にはタンカー、乗用車、自動二輪車、貨物自動車、貨物船、掘削・生産用プラットホーム、鉄・非合金鋼半製品、リチウム電池、ゴムタイヤなどだ。特に輸送機器はアフリカ全体シェアの20%を占めるようになった。これからはアフリカの時代と言われるが、中国は着々と手を打っている。

1-9月の輸出、直近の9月の輸出は好調であったが、手放しでは喜べない面もある。9月を見てみると、集積回路は対前年同月比+32.7%、EVなど自動車同+10.9%、自動車部品同+5.2%、プラスチック製品同+3.8%など伸びた製品は多いが、従来最大の輸出品目であったPCとPC部品は同-0.3%、携帯電話同-1.9%、アパレル関連同-8.0%、家電同-9.7%と下がっている。全体としては健闘しているが、この輸出の伸びがどこまで続くか、不安定さは隠せない。国内の消費が不十分なので、生産能力は大きく需要を超える。特に鉄鋼、自動車、家電などは「過剰生産能力」の問題が顕著だ。内的には過当競争が生まれ、その余剰生産力を輸出という形で外に向ければ、輸出は増えるが、「デフレ輸出」として諸外国との経済・貿易摩擦の問題が発生する。

このような状況の中で中国では新語が生まれた。それは「内巻」だ。友人は英語の「involution」の訳だと教えてくれた。辞書を引くと「包み込む、もつれる、紛糾する、複雑にする」と出てきた。つまり過当競争―消耗戦が続けば、業界は乱れ、企業の体力を損ねると同時に大量の企業が倒産し失業が生まれる。経済全体の不安定化を招き、持続的発展のブレーキとなる。反対に健全な競争環境を整え、競争しながらも計画的に新産業の振興、育成に努めれば、中国経済は新たなより高いレベルでの発展を出来るという意味である。確かに幾つかの分野の過当競争は異常だ。例えば自動車、その中でも新エネルギー車の競争は凄まじく、値下げ競争は自動車業界に混乱をもたらしている。この問題はそう単純ではない。中国は「社会主義市場経済」という特殊な経済形態の国である。歯止めのない競争は「内巻」を招くが、政府の行政指導や計画が強まれば、自由競争は損なわれる。そうすれば国営企業と民営企業との関係も微妙になる。政府は過剰生産問題に手をこまねいているわけではない。政府が目指すのは、①製造業のハイテク化加速。過剰分野から最先端分野への資源再配分。②国内サプライチェーンと中国中心の国際サプライチェーンの構築。③政府介入の強化による過当競争抑制。④地方の産業政策の統一化。

唯一の解決策は内需の掘り起こしと新産業の創出である。中国にはまだまだ潜在的需要は大きい。当面の経済不況と、将来への不安が解消されれば、人々の財布の紐は緩くなるであろうし、新産業を創出すれば新たな需要と雇用が生まれる。

不況だとどうしても重苦しい空気になる。最近この重苦しい空気が若干緩和したような感じがする。それは恐らく米中関係が若干緩和気味だからだろう。米中関係は一時のようなギスギスした対立ムードが薄れている。米中の各級接触も増えている。10月30日には韓国で米中首脳会談が実現し、11月10日、米中両国政府はそれぞれ追加関税を引き下げた。米国は合成麻薬フェンタニルを理由とし、中国に20%の追加関税を掛けたが、これを10%引下げた。中国も米国産大豆などに課していた最大15%の報復関税を停止した。11月24日、米国トランプ大統領と中国習近平国家主席が電話会談を行った。中国外交部の毛寧報道官によると、両首脳の電話会談は米国側の要望があり、中国側が受け入れたと言う。メンツの国中国にとっては心地よい事である。毛寧報道官は「両国の首脳電話会談は前向きであり、友好的、建設的なものであった」と述べた。米トランプ大統領も「米中関係は極めて強固」であり、来年4月の中国への招待を受け入れたと述べた。米中の競争は長期に渡るだろう。しかし少なくとも現段階では、雰囲気的にはかなり緩和されるであろう。

米中関係と真逆になっているのは日中関係で、高市首相の「台湾」発言は大きな波紋を呼んだ。両国間の様々な交流は中止、延期となっている。こういう時は矛盾を拡大させないために、水面下の多様なパイプが役割を果たさなければならないのだが、残念ながら今は水面下のパイプがほとんどない。これは危険な事である。今のところ北京市民は非常に冷静だが、こういう時は何かのきっかけで反日運動が起きるものだ。非常に心配だ。日本は物価高、実質賃金の低下、人手不足などで悩み、中国はデフレ気味、内需不足、若年層の失業などの問題で悩んでいる。今こそ互いに不足を補う協力関係が必要であり、それは大いに可能なのだ。対日関係を重んじる私の友人たちも両国関係の改善と協力を望んでいる。

※家計貯蓄率:家計可処分所得から消費支出されずに家計貯蓄に回された額の比率。(止)

西園寺一晃 2025年11月27日