北京はもう初夏だ。北京の春は短く、桜が散り、桃の花が咲き、牡丹が見どころになれば、夏はすぐやって来る。
中国にとって、今年最大の外交イベントであるトランプ米大統領の訪問が終わった。何事もなく、少なくとも表面的には友好ムードの中で終えたので、中国指導部はホッとしているだろう。米中間には経済矛盾とは別に「台湾」という非常にデリケートな問題が存在する。この問題は処理を誤ると戦争に発展しかねない危険な問題なのだ。だから世界のほとんどの国は、対中国関係において、この問題に関与しないことが得策だと思い、そうしている。
今回の米中首脳会談で、中国側は聞きなれない政治用語を持ち出した。「トゥキディデスの罠」だ。これはかつて米国の政治学者グレハム・アリソンが提起したもの。トゥキディデスは古代ギリシャの歴史家である。彼は著書「戦史」の中で次のように指摘した。当時のギリシャは陸地を中心に「スパルタ」が絶大な力を持ち、覇権を握っていた。そこに海洋貿易をテコに、主に海を中心に勢力を拡大してきた「アテナイ」が迫ってきた。スパルタは新興の挑戦者であるアテナイを抑えるためさまざまな策を講じるが、アテナイの勢力拡大を止める事が出来ない。両者の対立は激しくなり、それは約30年続く「ペロポネス戦争」を引き起こす。その結果両者とも傷つく。つまり先行する覇権国と新興国は対立し、覇権争いを展開するが、その対立は往々にして戦争という「罠」にはまってしまい、結果として双方とも傷つくというもの。中国はこの「トゥキディデスの罠」を持ち出し、米国に対し「米中はライバルでなく、パートナーであるべきだ」と呼びかけた。争えば互いに傷つくと米国に忠告したのだ。このことをトランプ大統領がどうとったかは分からない。覇権国の米国と新興国の中国の矛盾は長く続くだろうが、それが戦争という「罠」に陥るのは避けなければならないと言うのは、米中双方の共通認識だと信じたいものだ。
トランプが米国大統領に就任して以来、世界は大激動に見舞われた。特にトランプは貿易・経済戦争を中国に仕掛け、中国は大きな経済的嵐に見舞われた。しかし今の世界経済は大中小の国すべてが繋がっていて、競争、協調、分業で成り立っている。この大激動の中で、中国だけが翻弄されるわけではなく、米国を含むすべての国が多かれ少なかれ混乱の中で不利益を被る結果となっている。北京の市民レベルで見れば、当初は「大変な事だ」と、生活へのマイナス影響を怖れ、緊張したが、今はある意味「慣れっこ」になった。それは現在の不景気は米中の経済的対立だけが原因ではなく、「ゼロコロナ」政策の後遺症、中国経済の構造上の問題など複数の要因があるからだ。米中の経済対立は当然中国経済全体に悪影響を及ぼしたが、一般市民全体の懐を直撃し、所得が下がったわけではない。もちろん失業率、特に若年層の失業率は異常に高く、大卒生の間では自嘲的に「卒業イコール失業」という言葉が流行っているなど問題は多いが、ほとんどの一般家庭は家計が破綻するような現象は起きていない。多くの市民は米中関係がどうなろうと、日中関係がどうなろうと、ウクライナ戦争がどうなろうとあまり関心はない。それは自分たちの懐を直撃しないからだ。
ところが今回のイランと米国の戦争は少し違う。中東で戦火が上がれば、当然原油生産と輸出に大きな影響が出る。特にホルムズ海峡が封鎖されれば、原油の動きは大きく制限される。中国は日本ほど中東には依存していないが、中東から原油が入って来なくなれば、経済は大きな打撃を受けるだろう。今回の米中首脳会談でもこの問題が討議され、ホルムズ海峡の自由航行が必要不可欠であると言う点で一致した。イランは中国にとって友好国だが、中国はイランによるホルムズ海峡封鎖は到底容認できないのである。
米軍特殊部隊がベネズエラを急襲し、大統領を拘束した時は、確かに北京市民は衝撃を受けたが、家計を直撃するわけではなかった。中国は近年ベネズエラとの関係を緊密化させてきた。ベネズエラの原油を担保にした大規模な融資やインフラ整備を行ってきた。例えば重質原油を処理するための大規模な精製石化プロジェクトなどである。中国政府にとっては大損害である。北京市民が米国・イラン戦争、ホルムズ海峡封鎖に大いに興味を持ち、危機感を募らせているのは、生活を直撃する可能性があるからだ。現実問題としてガソリン価格が上がった。北京の場合、米国・イラン戦争前は大体1リットル当たりレギュラーで7.7元(1元は23円~24円)、それが今は9.2元ほどになった、またハイオクは同8.8元が10.8元ほどに上がった。もちろん変動するので、これが固定値ではない。中国自動車協会(CAAM)によると、現在北京には約810万台の自動車がある。その内新エネルギー車(EV、PHEV、燃料電池など)は約130万台である。タクシーやバスといった営業車はかなりEV化が進んでいる。一般車は依然としてガソリン車主体だが、近年急速にEV化が進んでいる。その意味ではガソリンの需要が減るだろうが、発電や化学製品を考えれば、原油の重要性は当分変わらない。原油価格の高騰が自動車以外の諸物価に大きな影響を与えるのは、どの国も同じである。まして原油を大量に輸入している中国は直接大きな影響を受けるのは当然だ。そこで今回は中国の原油(石油)事情について紹介する。
中国は1993年まで原油の純輸出国だった。ところが経済発展で原油需要が急速に伸び、供給が追いつかず純輸入国に転落した。日本の、原油の中東依存率は93%-95%で、ホルムズ海峡を通過するのはそのうちの90%-95%と言われる。中国はどうかと言えば、中東依存率は約4割から5割で、そのうちホルムズ海峡を通過するのは3割から4割と言われる。この数字は状況により変動する。ホルムズ海峡の情勢が今後どうなるか不透明だが、米国・イラン戦争、ホルムズ海峡封鎖が中東の中国向け原油輸出に悪影響を及ぼすのは避けられない。具体的には、原油価格の上昇と供給不足を招く可能性があり、その結果ガソリンや化学製品のコスト上昇に値上がりが起きるのは避けられないだろう。
中国の、原油の歴史を簡単に振り返ってみる。1949年、中華人民共和国が建国されたが、その時点で中国は陝西省に1907年に開削された小さな油田を持っているだけだった。当時のエネルギーの主力は依然として石炭で、中国は世界でも有数な産炭国だった。しかし世界はすでに「石炭から石油へと」変化しつつあった。当時の中国は、石油の100%近くをソ連に頼っていた。つまり中国は石油という「武器」によって、ソ連から首根っこを押さえつけられていたのである。1955年に新疆ウイグル自治区の克拉瑪依(クラマイ)で油田が発見されたが、到底需要量は賄えなかった。1950年代後半、中ソ間にマルクス主義の解釈を巡り論争が生じ(中ソ論争)、その論争は1960年代の対決へとエスカレートした。その過程でソ連は中国への原油供給を止めたのである。筆者は当時北京に住んでいたが、ほとんどのバス、乗用車は動かなくなった。そのような異常事態の最中、中国東北の荒野で巨大油田が発見された。その油田は、その後長い間中国の主力油田となる「大慶油田」である。そこから中国は原油の自給自足が始まる。その後も勝利油田(山東省)、長慶油田(陝西省、内モンゴル自治区)、渤海油田(海)、緩中油田(海)などが次々と発見され、自給だけでなく、1973年以降は原油の純輸出国となり、日本への輸出も始まった。
文化大革命が終結し、1979年から中国は鄧小平の「改革開放」の時代に入る。市場経済を取り入れた中国経済は高度成長し、原油の需要も急増した。中国は1997年からすでに原油の純輸入国となっている。2000年以降需要が爆増し、輸入も激増するようになる。この頃から中国は原油を輸入に依存する危うさを意識し、2001年の第10次5か年計画で「国家石油備蓄構築」が決定され、石油の「戦略的備蓄」のため備蓄基地建設が始まる。因みに中国の備蓄石油は国務院国家能源局が所管し、国家石油備蓄中心が管理している。
中国の1次エネルギーの主力は依然として石炭である。ここのところ石炭の比率が下がり、石油の比率が上がっているが、同時に再生可能エネルギー比率が増えつつある。2024年時点での1次エネルギー構成は以下の通りである。石炭52.2%、石油18.3%、天然ガス8.9%、水力7.2%、原子力2.3%、再生可能エネルギー11.1%。
中国の現在の原油需要(2025年)は約7.8-8.3億トンであると言われる。2025年の原油輸入量は5億7772万トンで、対前年比+4.4%であった。つまり中国の原油輸入依存率は約70%と非常に高い。輸入の内42.4%に当たる2億4452万トンが中東6か国から輸入された。内訳は以下の通り。サウジ14.0%、イラク11.2%、UAE6.5%、オマーン6.1%、クウェート3.3%、カタール1.3%(中国税関総署)。中国の公式統計には、イランからの原油輸入記載はない。これは米国等がイランの原油などエネルギーと金融に制裁をしているからである。中国がイランから買っている原油は主に第3国経由と言われる。その量は学者、専門家などの推測によると、サウジアラビアとイラクからの輸入の中間くらいのようだ。このイランからの輸入を加えると、中東からの原油輸入は総輸入量の55%程度だろうと言われる。なお輸入先はロシアが第1位であり、総輸入の約17%を占める。エネルギーの安定確保からしても、ロシアは中国にとって重要な国である。生産量+輸入量から消費量(需要)を引いたものが備蓄に回される。膨大な原油を輸入しなければならないのは、大変な経済的負担でもあり、原油価格が上がれば、さまざまな物価価格を押し上げる要素となる。これはどの輸入国にも言える事であるが、中国の場合はケタが違う。世界の輸入額ランキングは次のようになっている(2024年、単位百万ドル、GLOBAL NOTE)
1,中 国 325187
2,米 国 174424
3,インド 133768
4,韓 国 85334
5,日 本 71812
原油埋蔵量の約5割が中東に集中していると言われるが、世界の統計をリアルタイムで表示するウエブサイト「Worldometer」によると、2025年時点で世界の原油埋蔵量は約1兆7651億バレルである。最も多いのがベネズエラの17.17%、次にサウジアラビアの15.14%、以下イラン11.82%、カナダ9.24%、イラク8.22%、UAE6.40%、クウェート5.75%と続き、米国は4.74%、ロシアは4.53%、中国は1.60%である。
ところが原油消費量となると様相は異なる。以下は2024年時点の消費ランキングである。
1,米 国 8.14憶トン
2,中 国 7.55憶トン(2025年は約8億トン)
3,イ ン ド 2.57億トン
4,ロ シ ア 1.76億トン
5,サ ウ ジ 1.71億トン
6,日 本 1.47億トン
以下ブラジル、韓国、カナダ、ドイツと続く。
では原油生産量のランキングはどうか(2024年)
1,米 国 8.58億トン(シェール中心)
2,ロ シ ア 5.26億トン
3,サ ウ ジ 5.10億トン
4,カ ナ ダ 2.90億トン
5,イ ラ ン 2.34億トン
6,イ ラ ク 2.16億トン
7,中 国 2.10億トン
以下ブラジル、UAE、クウェートと続く
中国の原油生産量の推移は:
1980年 1.0億トン
1990年 1.4億トン
2000年 1.6億トン
2020年 1.9億トン
2024年 2.10億トン
2025年 2.16億トン
以上のように、中国は世界有数の産油国だが、世界第2の消費国であり、世界第1の輸入国である。原油自給率は年々下がっている。他の多くの国と同じように、世界が平和で自由に貿易が出来なければ中国経済は成り立たないのである。
中国の発電事情も紹介しておこう。経済発展に電力は不可欠であり、特に大量の電力を必要とするレアアース生産の世界平均シェア7割―8割を有する中国は、電力が国家の運命を左右すると言っても過言ではない。中国国家エネルギー局の発表によると、2025年の発電量は9億7159億Kwh(対前年比+2.2%)だった。内訳は火力6兆2946億Kwh(同-1.0%)、原子力4680億Kwh(同+3.5%)、太陽光6360億Kwh(同+27.0%)などである。再生可能エネルギー(水力、太陽光、風力、地熱、バイオマスなど)は発電全体の約41%になる。この再生可能エネルギーだが、日本は同26%、米国は22%である。中国の火力発電は同58%だ。日本は同65%、米国は57%、この内石炭火力に限れば中国は同55%、日本は同28%、米国は同17%である。原発に関しては、中国はまだ比率が少ない。原発が全体のエネルギーに占める割合は、2025年で中国5%、日本8%、米国19%だ。2025年4月、中国政府が発表した「中国原子力発展報告2025」によると、稼働中、建設中、承認済の原子炉は合わせて102基で、設備容量は1億1300万KW、これは原発設備規模では世界1である。当然エネルギー総量の中に占める割合も今後は上がる。2030年には稼働中の原発設備容量でも世界1になる見通しだ。なお、2024年の世界電力需要総量における各国シェアは次の通り。中国32.6%、米国14.3%、EU8.8%、インド6.7%。日本3.3%である。中国のシェアは抜きんでて多いが、人口は日本の約10倍強なので、相対的に考えれば日中は同じレベルである。ただし今後の増強計画を考慮すれば、中国は近い将来世界のトップに躍り出る可能性は大だ。(止)
西園寺一晃 2026年5月
