No.60 中国レポート

ここのところ話題を独占しているのは「一帯一路」だ。5月14日―15日に北京で「一帯一路国際協力サミットフォーラム」(以下北京フォーラム)が開かれたが、130の国が代表団を派遣し、29ヶ国の首脳が参加した。
この「一帯一路」について、まだ日本ではそれほど注目度が高くないのは、日本政府がこれまで米国とともに、敵視とまではいかないにしても不支持の態度を採ってきたからだ。この「一帯一路」を金融面で支える中国主導の「アジアインフラ投資銀行」(AIIB)にも、主要国としては米国と日本だけが参加していない。
つい3、4年前まで、日米を含む少なからずの国は、「一帯一路」など非現実的で、夢のまた夢だと考えていたし、AIIBもせいぜいアジアの10数ヶ国が参加するくらいで、G7メンバーの参加はあり得ないと思われていた。しかし、何年もしないうちにAIIBは予想をはるかに上回る、米日以外のG7メンバーを含む57の国と地域で発足し、現在は77ヶ国となり、51年の伝統を誇る日本主導のアジア開発銀行(ADB)をメンバー数(ADBは67ヶ国)で上回った。近い将来、メンバーはさらに増え、90ヶ国、地域になる見通しだ。「一帯一路」本体にしても、今回の北京フォーラムはこの壮大な構想が国際社会の認知と支持を受けたと中国は考えている。
「一帯一路」とは何か、まだよく知らない人もいるだろうから、簡単に紹介する。これは壮大な経済圏構想で、もとは習近平が2013年、カザフスタンのナザルバエフ大学の講演で述べたもので、2014年11月、中国で開催されたアジア太平洋経済協力首脳会議で正式に世界に向け提唱したものだ。「一帯」とは、中国西部から中央アジアを経て、ヨーロッパにつながる陸の「シルクロード経済ベルト」構想であり、「一路」とは、中国の沿岸部から東南アジアを経てインド洋、アラビア半島沿岸部、アフリカ東岸に達する「21世紀海上シルクロード」経済圏構想である。つまり経済を軸とした陸と海の新シルクロード経済圏構想だ。沿線の直接関係国は65、世界人口の63%、世界貿易総額の39%を占める。経済のほか、沿線各国が文化の交流を通じ、相互理解を促進し、安全保障面でも有利な環境を醸成するとしている。なお、中国はAIIBとは別に2014年12月、独自のファンド「シルクロード基金」を設立した。これは発足時400億ドル規模のもので、シルクロード沿線国のインフラ整備に活用される。中国の外貨準備のほか、中国国家開発銀行などが出資している。AIIBが財務省、シルクロード基金は中国人民銀行の所管である。今回の北京フォーラムで、中国はシルクロード基金に1000億元(約1兆6400億円)の増資をすると発表した。
習近平指導部は「一帯一路北京フォーラムは今年最大のイベント」と位置づけ、周到な準備をしてきた。習近平主席、李克強首相はじめ、最高幹部総動員で世界を回り、フォーラムへの参加を呼び掛けた。最大の成果は米国の「支持」を取り付けた事だろう。米国のトランプ政権は、この構想が米国にとって大きなビジネスチャンスになると思えば、積極的に参加する構えだ。その点、国際政治、安全保障の観点を重視し、中国の影響力拡大を極力阻止しようとしてきた前政権とは全く発想が違う。中国にとって、米国を口説き落とした効果はすぐに出た。それは「米国の方向転換を見て、日本は慌てて二階自民党幹事長を団長とする代表団を送ってきた」(日本研究学者)ことだ。その二階幹事長は「日本もAIIBに参加すべきだ」と北京での記者会見で述べた。
習近平は北京フォーラム終了後の記者会見で、「積極的成果を出せた」とし、次回は2019年に開催すると述べた。今回の「一帯一路」北京フォーラムは、習近平体制の、そして習近平個人の大きな得点となった。北京で見る限り、習近平の人気は上昇している。これまでも「断固たる反腐敗闘争の継続」で、大衆の人気はあったが、それに北京フォーラムの成功が加わり、習近平の権威は確実に高まった。中国国民の自尊心を大いにくすぐったわけだ。現在の中国は、毛沢東や鄧小平のようなカリスマ指導者はいない。現在の指導者が国民の支持を得ようとするなら、3つの事をしなければならない。1に経済を発展させ、国民生活を向上させること、2に権力の腐敗に歯止めをかけ、腐敗幹部を厳罰に処すこと、3は中国の国際的地位を高めることである。今回の北京フォーラムは、国際社会における中国の存在感を大いに示したイベントであり、習近平体制の思惑通りとなった。
もちろんこの壮大な計画を実現してゆくのはそう簡単ではない。前途には多くの障害や困難があり、紆余曲折は避けられない。しかしその一方で、単なる計画ではなく、すでに動き始めたプロジェクトもある。中国側によると、オーストラリアの「北部大開発計画」、ロシアの「ユーラシア経済連合」、モンゴルの「草原の道」戦略、カザフスタンの「光明の道」計画、ベトナムの「2回廊1経済圏」、欧州の「ユンカープラン」などは「一帯一路」とリンクしている。具体的には、中国企業が請け負ったエチオピアとジブチを結ぶアジスアベバ―ジブチ鉄道(すでに完成)、インドネシアのジャカルタ―バンドン高速鉄道、中国―ラオス鉄道、中国―タイ鉄道、パキスタンのグワーダル港、ハンガリー―セルビア鉄道などの建設が、「一帯一路」イニシアチブの下で進んでいるという。中国とオランダを結ぶ「西欧―西中国国際回廊」も現在急ピッチで建設が進んでいる。中国は2016年に、「一帯一路」沿線諸国に145億ドルの直接投資を行い、中国企業は沿線の20数ヶ国に56の経済協力区を設立した。これにより「沿線諸国に11億ドルの税収と18万人の雇用を創出した」と中国は胸を張る。確かに「一帯一路」の沿線諸国には発展途上国が多く、インフラ整備が緊急課題となっているが、資金難が最大の問題である。そこに降って沸いた「一帯一路」構想であり、ADBよりはるかに緩い条件で融資を行うAIIBができたのである。歓迎されないわけがない。
ただ日米をはじめ先進国には、中国が対外膨張し、中国主導の経済圏ができ、これまでの米国を中心としたG7主導の世界経済体制が崩れるという懸念が強い。これに対し、習近平は盛んに「平和で安定した環境」、「ウインウインの関係構築」、「対話するパートナー関係」、「運命共同体」、「収益は各国でシェア」と言う言葉を使い、中国突出のイメージを抑えている。ただ、中国が戦後の米国を中心とする世界経済秩序に挑戦しているのは事実であろう。中国は、米国を含め、新たな情勢の中で新たな世界経済秩序を構築することを本気で考えている。その核心は米中の「新しい大国関係」構築である。
中国にとって、問題は米国の出方であろう。トランプ米大統領の「一帯一路」に対する支持表明は本物なのか、今後米国はどう関わってくるのか。「一帯一路」と「米国第一の保護主義」は本来相容れないものである。中国としては、米国も日本も参加することが望ましいが、米国がそっぽを向いても構わないと思っている。それは、米国が内向きになり、地域協力、国際協調を否定すればするほど、中国の影響力は増し、米国の影響力は低下するからだ。ただ現在の中国は敢えて米国と対抗する気はない。トランプが「ビジネスマン」なら、「少々儲けさせてやれ」とばかり、米国産牛肉の輸入など貿易面である程度譲歩した。しかし、習近平が訪米し、トランプと首脳会談を行った際驚いたのは、トランプの当面最大の関心事が「貿易不均衡の是正」などの経済問題ではなく、北朝鮮問題だったのである。トランプは習近平に、中国が本気で北朝鮮に影響力を行使することを迫った。習近平は対北朝鮮で米国と歩調を合わせることを約束し、トランプも一定の条件が整えば、北朝鮮との対話も拒否しないとした。その結果、トランプは習近平を持ち上げ、中国を「為替操作国」とする選挙公約を取り下げた。中国は本気で北朝鮮に圧力をかけ始め、北朝鮮は初めて名指しで中国非難を始めることとなったのである。米中間には対北朝鮮で、その他にも密約があると囁かれているが、真偽は定かではない。
さて今年10月、中国では5年に一度の党大会が開かれる予定だ。今年の大会は人事の大会となり、規定に従えばトップ7(党中央政治局常務委員)のうち、習近平と李克強を除いて、5人が定年退職し、5人の新人が最高指導部入りをする。具体的には8月に行われる非公式の「北戴河会議」で、現役の党政軍幹部、地方幹部、長老たちによるさまざまな意見交換、根回しが行われ、事実上人事が決まる。習近平は反腐敗闘争と「一帯一路」北京フォーラムの成功で、完全に党大会準備の主導権を握ったと言える。次の5年は名実ともに「習近平体制」になるだろう。(止)