中国レポート  No.91 2022年07月

猛暑の時期到来だ。7月12日、友人から微信(WeChat・中国のLINE)が来た。「今日は入伏、健康に気をつけて」とあった。「入伏」とは、日本で言うところの「土用の入り」。これは「陰陽五行説」に基いたもので、1年中で最も暑い時期の始まりと言う意味だ。「伏」には3伏がある。夏至後の第3の庚(かのえ)の日を「初伏」(今年は7月12日―21日)、第4の庚の日を「中伏」(同7月22日―8月10日)、立秋後の最初の庚の日を「末伏」(同8月11日―20日)、合わせて「三伏」だ。

日本では土用にウナギを食べるが、中国では地方によって異なるが、とにかく栄養価の高いものを食す。北京では、先ずは餃子だ。お年寄りは、陰陽五行説に基いて「この時期、絶対冷たいものは食べるな、飲むな」と言うが、もう生活様式は完全に変わった。アイスクリーム、ビンビンに冷やしたビールやソフトドリンクが飛ぶように売れる。「三伏」さえ知らない若者も多くなった。

さて、北京は「三伏」の教え通り猛暑日が続いているが、逆に急速に冷え込んでいるのが経済だ。先日国家統計局が2022年第2四半期(4月―6月)のGDP成長率と、上半期(1月―6月)の経済指標を発表した。GDP成長率は、マーケットの予想よりはるかに低いものだった。第1四半期(1月―3月)は、マーケットの予想は「対前年比+4.0%をやや下回るだろう」だったが、結果は+4.8%だった。(以下の増減%は全て対前年比、あるいは対前年同期比)。第2四半期は急降下で+0.4%にとどまった。上半期(1-6月)は+2.5%だった。コロナ蔓延初期の、2020年第1四半期の-6.8%を除けば、1992年の統計開始以来、最低の数字である。理由ははっきりしている。「ゼロコロナ」政策が大きな圧力となって、経済成長の足を引っ張っているのだ。特にこの第2四半期は、上海はじめ数十の都市でロックダウン(都市封鎖)が行われ、生産、供給、流通、消費、交通などが大打撃を受けた。北京はロックダウンこそしなかったが、準ロックダウンとも言えるような厳しい規制が採られた。上海等のロックダウンは6月に入って解除されたが、もろに影響を受けたのは、この第2四半期の経済であった。因みに北京市の、第2四半期の成長率は-2.9%(1月―6月は+0.7%)、上海市は-13.7%(同-5.7%)、広東省は+0.7%(同+2.0%)だった。前回のレポートで述べたが、米中対立は、中国経済の成長にほとんど影響を与えていない。中国経済急降下の、99%の要因は「ゼロコロナ」政策、特に大都市のロックダウンと言える。

昨年の中国経済は、コロナ下にあっても好調だった。年が明けた2022年第1四半期も、苦しいと言われながらも善戦した。ところが第2四半期に入り、経済は急降下状態となった。幾つかの主要指標を見ると、「鉱工業生産」は、2021年通年は+9.6%、2022年第1四半期は+6.5%だったが、第2四半期で急降下し、上半期(1-6月)は+3.4%にとどまった。需要も供給能力もあるが、上海などのロックダウンで生産が中止や短縮に追い込まれたのが原因だ。

消費では「社会消費品小売総額伸び率」が、2021年通年では+12.5%だった。2022年第1四半期は+3.3%に落ち、第2四半期はマイナスに転じ、結果上半期は-0.7%となった。大都市のロックダウンや外出規制の強化などで、消費が大幅に落ちた。外出での買い物が出来ず不便なので、通販は当然盛んだが、それでもネットでの実物商品小売額の伸び率は、2021年通年で+12.0%だったのに比べ、2022年第1四半期は+8.8%、上半期全体では+5.5%にとどまった。

インフラを中心とする「固定資産投資」は、2021年通年で+4.9%、2022年に入り第1四半期が+9.3%と、ある程度積極的に実施されたが、それでも第2四半期は「息切れ」なのか、上半期全体では+6.1%にとどまった。この内民間投資は、2022年上半期は+3.5%(第1四半期+8.4%)、インフラ投資は+7.1%(+8.5%)だった。

最も落ち込みが激しいのは不動産投資である。1月―5月の不動産投資は-4.0%だったが、1月―6月は-5.4%に拡大した。単月では、5月が-7.8%、6月は-9.4%。6月の不動産販売は-18.3%だった。不動産の経済成長への貢献度は32%と言われる。不動産投資と販売の落ち込みは、経済全体の足を引っ張る結果となっている。更に、土地の使用権売買で財政収入を得てきた地方政府にとって、不動産市場の大幅な落ち込みは死活問題となる可能性を秘めている。最近話題になっているのは貴州省で、貴州省政府は、傘下のインフラ投資会社などの債務返済を、繰り延べするよう金融機関に要請した。貴州省の債務問題は、昨年すでに表面化し、デフォルト(債務不履行)の危険性が出ていた。中央政府はこれを重視し、「隠れ債務を増やさない前提で、貴州省政府傘下のインフラ投資会社が、金融機関と債務の繰り延べや債務再編について交渉する事を認める」としていた。中国の財政部によると、2022年6月の、土地使用権の売却収入は、前年同月比およそ4割減少したという。このまま不動産市場の収縮が進めば、貴州省と同じような省・市が多数生まれる可能性がある。

経済が全般的に落ち込む中で、一番気を吐いた分野は貿易である。2021年は絶好調で、史上初めて貿易総額が6兆ドルを超え、総額、輸出入とも3割程度増えた。その好調さは、上海などのロックダウンで影響を受けたが、基本的に好調を維持している。2022年上半期の貿易総額は3兆0791億ドルで、+10.3%だった。昨年(6兆0515億ドル)を超える水準を維持している。特に輸出は好調で、上半期は+14.2%だった。輸入は同+5.7%。

中国政府が一番深刻に思っているのは雇用だろう。3月の全人代で決定した、今年の目標は5.5%以内というものだった。ところが2022年第1四半期の都市失業率は5.8%、上半期の失業率は5.7%で目標まで抑えきれていない。特に16歳―24歳の失業率は、5月が18.4%、6月は19.3%と非常に高くなっている。失業率は社会の治安と安定に深く関わっているので、政府は心穏やかではないだろう。

物価は全体的に安定していて、消費者物価上昇率は2021年通年が+0.9%、2022年第1四半期が+1.1%、2022年上半期は1.7%だった。物価上昇率の低さは、消費者にとっては良い事のように思えるが、経済成長にとって、一定の物価上昇がなければ、経済は正常に回らない。政府の目標は、上昇率「3%前後」だから、これ以上物価が低迷すればデフレに陥りかねない。

以上のような状況下、市場の一部では、政府の「思い切った景気対策」を望む声がある。しかし経済を統括する李克強首相は、7月19日の世界経済フォーラムで「高すぎる成長目標のために、大型の景気刺激策や過剰に通貨を供給する政策を実施する事はない」と断言した。かつて2008年―2009年のリーマンショックの時、中国はいち早く4兆元(当時のレートで約60兆円)という巨額な財政出動を行い、危機を脱したが、その後この巨額な財政出動の後遺症に悩むことになる。中国指導部には、その教訓がまだ生々しく残っている。後遺症の苦しみを考えれば、安易に財政出動というカンフル剤は打てないのだ。

中国経済が2022年第2四半期の時点で、非常に深刻な状態にあることは事実だ。あまりにも厳しいコロナ規制で、生活に大きな不便がもたらされ、国民の中にフラストレーションが溜まっている事も事実だ。習近平指導部は、大きなジレンマに当面している。それはコロナの蔓延を防ぎ「国民の安全と健康を守る」(習近平)事と、経済を正常化させ、国民の生活を守る事、そして社会の治安と安定を維持する、この3つをどう処理するかである。

中国政府と大多数国民の共通認識は「社会の安定」だ。社会の安定が崩れれば、せっかくここまで積み上げてきた経済発展、生活の向上が失われることになる。その意味では、戦争はもちろん、社会の混乱はどうしても防ぐ必要がある。この共通認識が、国民が今の状況に大きな不満を持ちながらも、何とか我慢している理由なのだ。

今後の中国経済を考える時、悪い要素ばかりではない。今の、経済の落ち込みは、生産力(供給)、購買能力(消費)そのものに問題があるわけではない。中国の供給能力は充分で、潜在的な消費能力は、内陸部を含めればまだ無限とも言える。問題は、コロナの蔓延と、「ゼロコロナ」政策で、正常な供給と消費が阻害されている事なのだ。正常な供給と消費の環境が整えば、中国経済は一気に上向くのは間違いない。上海などのロックダウン解除で、鉱工業生産や消費は上向いてきた。第3四半期は、積極的なインフラ投資などで、ある程度高い成長が見込める。問題は規制緩和がどれだけ進むのか、どの時点で経済活動と国民生活が正常化するかである。

親しい友人の、ある中国の経済学者は全人代で決めた今年の成長目標+5.5%について、達成は難しいだろうと言う。それは、基本的に当面「ゼロコロナ」政策は続くだろうからである。「この問題を考える上で、最も大きなファクターは、秋に開催予定の中国共産党第20回大会である」と言う。共産党トップである習近平が、スムーズに再選を果たすためにも、コロナの蔓延は許されない。従って、ゼロコロナ政策は下せない。経済成長目標達成のために「人民の安全と健康を犠牲にする」より、経済成長を犠牲にしてでも「人民の安全と健康を守った」のなら、誰も批判できない。その経済学者は「習近平は、ゼロコロナの経済に対する悪影響を理解している。新たな陣容で発足するだろう習近平新指導部は、ゼロコロナ政策を緩和させ、経済復興に全力を傾けざるを得ない」と予想する。(2022年7月25日)(止)