No.10 中国経済は09年が正念場、人民元は「国際化」の方向

新しい年を迎えたが、世界各国は米国発世界同時金融危機に喘ぎ苦しんでいる。中国も決して例外ではなく、特に対欧米輸出基地である珠江デルタ地域の労働集約型中小企業は大きなダメージを受けた。
中国には約4200万社の企業があるが、その90%は中小企業で、全輸出の60%を担っている。労働集約型中小企業の働き手の8割近くは出稼ぎ農民(農民工)である。欧米をはじめ、輸出先国経済の急速な落ち込みで、輸出を担うこれら中小企業の多くは、生産の縮小、調整や倒産に追い込まれている。この過程で先ず切られるのは立場の弱い農民工だ。現在農村からの出稼ぎ者は全国で約1億2000万人。多くが職を失い、農村に帰らざるを得ない。しかし農村に帰っても職が無く、と言って多くは農業だけでは生活できないのが現状だ。昨年下半期の失業率は、政府発表で4.0%だったが、その後急速に悪化している。中国社会科学院が最近発表した数字では9.4%。この数字には事実上の失業であるレイオフ者が含まれているかどうか不明だが、実際の数字は10%を超えているだろうというのが一般の見方である。
中国西南証券の高級アナリストである董先安氏の調査によると、08年上半期の就労人口は農林水産業3億8700万人、製造業9900万人、小売・貿易・飲食業5900万人、建設業4億6400万人だった。このうち下半期に失業したのは、製造業で1980万人、建設業で1546万人に上る。製造業、建設業とも末端労働力の主力は農民工だ。董氏は「このデータを基に推計すると、失業率は中国社会科学院発表の9.4%を上回り、11%程度に達する」との見方を示している。
さらに09年は大卒者が610万人も出る。中国社会科学院は「610万人の大卒者のうち、約4分の1は就職できないだろう」と見ている。なお、多くの研究機関、アナリストは、不況のボトムはこれからで、春から夏にかけて最も苦しい時期が来る、景気回復の兆しが現れるとしたら、早くとも下半期以降だろうと予測する。これらの問題は単なる経済問題ではない。農民の不満、失業率の上昇は治安の悪化につながり、対処次第では政府が大きなプレッシャーを受け、それが共産党一党独裁の屋台骨を揺るがしかねない。09年は農民工対策、失業者対策、大卒者の雇用問題が大きく政府にのしかかる。
もちろん中国政府は手をこまねいているわけではない。前回のレポートで書いたように、今回の世界金融危機に対し、中国政府の対応はかなり迅速であった。金融引き締めを金融緩和に転換し、向こう2年間で4兆元(約57兆円)の緊急投資を決めた。これらは主としてインフラ整備(道路、鉄道)、環境対策、省エネ関連事業、福祉・医療に使われる。しかし、これはあくまでも緊急、短期的措置である。長期的には経済構造の転換、つまり外需型成長パターンから内需型成長パターンへの転換を図る必要を、中国政府は認識している。内需掘り起こしの鍵は内陸部、農村地域にある。地方によっては、農民が家電を買う場合、補助金を支給するという内需振興策を始めたが、これは当面の処方であって、中長期的には農民、農業、農村という「三農」問題を包括的に解決しなければならない。
これらの金融・経済危機は中国だけの問題ではなく、各国とも直面している共通の問題だ。ある意味で、米国やEUでマイナス成長が予測される中、中国は相対的にはダメージが少ないのかもしれない。08年の経済データが出つつあるが、中国は07年の名目GDP総額を上方修正し25兆7306億元(3兆3838億ドル)と発表した。07年すでにドイツを抜いて米日に次ぎ世界第3位になったのである。ちなみに07年の米国は13兆8000億ドル、日本は4兆4000億ドルだった。中国の08年貿易総額は2兆5615億ドル、輸出は1兆4285億ドル、輸入は1兆1330億ドルで、米国のサブプライムローン問題があったにもかかわらず、貿易黒字は前年を上回り2955億ドルと史上最高になった。貿易黒字総額で、中国はドイツを抜いて初めて世界1に躍り出たのである。08年の中国の輸出総額1兆4285億ドルも、07年世界1位だったドイツを上回る可能性が大だ。このように08年の中国貿易は通年で好調を保ったが、08年11月以降は急速に減速し始めた。単月で見ると11月、12月とも対前年同月比減となった。12月は2.8%減だった。つまり中国の輸出が世界需要の落ち込みをもろに被るのは09年なのである。
しかしこれだけの貿易黒字が出れば、一方で欧米から元の切り上げ圧力が強まることは必至だが、その一方で元の世界経済における存在感がますます増してゆくのは必然だ。このような流れの中で、中国政府は東南アジア諸国連合(ASEAN)など近隣諸国・地域との貿易取引で、元建て決済を徐々に解禁する方針を示した。これまで中国は大部分の貿易をドル決済でやってきた。したがって、輸出産業はドル相場が急落すると大きな痛手を負うことになる。これを徐々に改め、元決済を導入しようというのだ。
これには2つの狙いがある。一つは、国内輸出産業の為替リスクを減らし、輸出を後押しすること。もう一つは、元の国際貨幣としての地位を確立することである。先ず解禁されるのは香港・マカオと上海を含む長江デルタ地帯、広東省の間、さらにASEANと雲南省、広西チワン自治区の間である。中国政府は効果を見ながら、徐々に元決済の範囲を拡大してゆくだろう。将来的には中国、台湾、香港、マカオ、ASEANを含む、そして次には中国とロシア極東部、モンゴル、中央アジアを含む「元経済圏」構想を描いていると思われる。
09年の中国経済を占うキーワードは輸出、雇用、消費だろう。