No.39 リコノミクス(Likonomics)始動

日本ではアベノミクスが論議されているが、リコノミクスはその中国版だ。中国語ではアベノミクスを「安倍経済学」と言う。リコノミクスは「李克強経済学」だ。
李克強は温家宝の後を継いだ中国の首相だが、中国共産主義青年団(共青団)出身のエリートで、胡錦濤前党総書記の腹心である。北京大学経済学部出身の秀才で、経済学博士だ。共青団時代、「田中派の7奉行」の1人であった小沢一郎宅に寄宿し、日本の政治、経済を学んだことがある。田中角栄元首相の「日本列島改造論」も当然学び、都市と農村、中央都市と地方都市を高速道路と高速鉄道で結び、格差を緩和させるとともに、内需を掘り起こすやり方に興味を持ったはずだ。因みに李克強の大学時代の研究テーマは「都市化」であった。
首相になった李克強は、難問山積の中国経済を安定成長の軌道に乗せる任務を背負った。この任務を遂行するため、李克強が編み出した経済政策をリコノミクスと呼び、その内容について、経済学者の間で議論が沸騰している。
ではリコノミクスとは何か。一言で言えば「中国経済を高成長から中成長にスピードダウンさせ、転換期に立つ中国経済を軟着陸させるため、無理な形での経済刺激策は採らず、市場原理を重視し、経済構造の調整を実現させる」ことだろう。北京のある経済学者は「リーマンショックの時、政府は経済を下支えするために、金融緩和と大胆な財政出動を行った。この措置は大きな効果があり、中国経済は破滅的な落ち込みを免れた。しかし同時に副作用も現れ、ひどい不動産バブルを誘発し、インフレを引き起こした。大胆な金融緩和と財政出動は、緊急時には必要だが、これは一種のカンフル剤で、多用すると麻薬化する」と言う。またある学者は「リコノミクスの中心は、経済に対する政府の関与をなるべく少なくし、市場の役割を重視することだ。例えば価格の形成で、水、電気、石油、石炭、ガスなどの資源、金利や人民元レートなどの資産市場、土地価格、労働コストなどをなるべく市場に任せることである。さらに環境コストの可視化も図られるだろう」と言う。
多くの経済学者は、リコノミクスを支持している。中国が「中進国の罠」を克服し、産業構造の高度化を促進し、資源節約型で環境にやさしい「集約型経済成長モデル」へ軟着陸するためには、リコノミクスを推し進めるしかないと主張する。同時に多くの学者は、決して平坦な道ではないと言う。彼らは、挑戦は2つの方面から来るだろうと予言する。1つは抵抗勢力の存在、もう1つは国民と企業家が「改革の痛み」を分かち合うことができるかどうかである。
高度成長下、権力と経済の癒着が腐敗を生んだ。腐敗の中で富を得る「既得権益集団」が生まれたが、この部分はリコノミクスにとって、軽視できない強大な「抵抗勢力」である。習近平―李克強ラインは、抵抗勢力である「鉄道部」を解体した。現在は石油利権集団にメスを入れようとしている。これらの抵抗勢力一掃ができるかどうかは、リコノミクスの成否に関わる。
リコノミクスは、産業構造転換の過程で、短期的には企業のコスト上昇につながり、中国製品の輸出競争力低下を招く可能性がある。これに企業や国民が耐えられるかどうかである。
中国では、相対的に製造業が発達し、サービス業が立ち遅れている。理由の1つは、重要なサービス業の多くが国有企業に独占されていて、自由な投資がままならず、サービスの質が悪いにもかかわらず、価格が高いというのが一般的だ。今夏ダボスで行われた経済会議で、李克強首相は強い口調で次のように述べた。「サービス業のうち、金融、石油、電力、鉄道、電気通信、エネルギー開発、公共サービスといった分野への参入規制を緩和し、民間投資の拡大を誘導することで、国有企業と民営企業が共存する経済体制を発展させてゆく」。これらは権力と結びつき、利権体制が蔓延っている分野だ。これらの分野に風穴を開け、市場原理が機能するようにするのは並大抵ではない。
最近、中国人民銀行は、銀行の貸出金利下限撤廃と農信社(農村向けの金融機関)の貸出金利上限撤廃を発表した。銀行の貸出金利下限撤廃は、当面金融面で大きな変化が起きるかどうかで、学者の間で議論がある。しかし、中国政府が本気で金融の自由化に走り出したという点では一致している。
上海自由貿易試験区の設置は、リコノミクスの目玉だ。貿易の自由、通貨の流通・人民元決済の自由、人員出入りの自由、貨物搬出入の自由、貨物保管の自由などが内容で、近く試験区の外国人には内国民待遇が与えられると言われる。ある経済学者が次のように解説する。「かつて鄧小平が深圳経済特区を設置し、外資導入を成功させ、それを全国に普及させたように、この上海試験区を成功させ、徐々に全国に拡大する。ただ鄧小平時代と違うのは、鄧小平が労働集約型の外資を導入したのに比べ、上海試験区は、高度な技術移転を伴うIT・ハイテク、サービスの外資を導入する」。
リコノミクスは改革・開放政策を堅持するだけでなく、さらに深化させ、市場経済化の度合いを高めようとしているのは確実だ。
第3四半期の成長率は7.8%と、第2四半期より0.3ポイント上げた。減速気味にあった中国経済は、緩やかな反転を始めたというのが一般的な見方である。しかし、産業の高度化、経済の構造改革は始まったばかりである。