中国のGDP成長率が発表された。2011年第1四半期は9.7%だったが、第2四半期は9.5%、1月―6月までの上半期の成長率は9.6%となった。この数字をどう見るか。成長が減速していると見るのか、あるいは高レベル安定成長と見るのか、難しいところだが、世界経済が依然として低迷する中、基本的には、中国経済は好調を維持していると見るべきだろう。もちろん問題もある。輸出入の伸びは鈍化しているし、消費者物価指数(CPI)が上昇を続ける中、消費も伸び悩んでいる。昨年まで30%という高い伸びを実現していた新車市場も、今年に入り急減速、1月―6月の伸び率は3.4%まで落ち込んだ。このような状況の中で、成長をけん引しているのは旺盛な、公共事業中心の固定資産投資で、1月―6月の伸び率は25.6%であった。これはここ数年持続している。
中国政府はジレンマに悩んでいる。消費者物価上昇を抑えるには、金融引き締めは不可欠だ。しかし、金融引き締めは経済成長に冷や水を浴びせることになる。物価は押さえたい、しかし高成長は維持したい。そのためにはどのような対策、特に金融政策が良いのか。中国政府は「股裂き」状態に置かれている。
中国政府の懸命な物価抑止対策にも関わらず、物価の上昇は続いている。政府にしてみれば、できれば物価の上昇を3%くらいに抑えたい。悪くとも4%は超えないというのが目標だ。ところが5月のCPIは前年同月比の上昇率が5.5%、6月は同6.4%となった。08年6月の7.1%以来の高水準だ。この数字自体政府の目標を大幅に上回り、頭の痛いところだが、深刻なのは物価上昇の内容だ。大きく上昇したのは食料品(14.4%)で、なかでも豚肉は57.1%という異常な伸びであった。食料品の値上げは、庶民生活を直撃する。特に、中国の食卓に豚肉は無くてはならない食材だ。当然庶民の不満は溜まる。それでなくても所得格差や権力者の腐敗問題で、庶民の間には不満が蓄積している。社会の安定を第1に考える胡錦濤・温家宝政権にとっては座視できない問題なのだ。とにかく何が何でも物価上昇を抑える、これが当面の最重要課題となっている。
庶民の間で歓迎されている政策もある。それは所得税の課税最低所得の引き上げである。これまで月収2000元(25400円)以上が課税対象となっていたが、この9月から3500元(44500円)に引き上げられた。最低課税率も5%から3%(最高税率は45%)に引き下げられた。これまで全国で約8400万人が納税(所得税)していたが、この最適課税率の引き上げで、納税者は2400万人となり、6000万人が納税しなくてよくなる。
中国人民銀行(中央銀行)は、7月から銀行貸し出しと預金金利を0.25%引き上げると発表した。今年3回目の金融引き締め策である。正式に金融引き締めに転じた昨年10月から数えると5回目の金利引き上げだ。貸出し(1年)6.56%、預金(1年)3.50%となる。預金の金利が上がったといっても、物価が6.4%上昇しているので、実質的には「マイナス金利」とも言える状況だ。このまま高物価が続けば、預金は事実上目減りするわけで、預金を引出し、不動産や株に投資する人が増える可能性がある。また消費拡大にも通じ、物価をさらに引き上げるという結果をもたらしかねない。
金融引き締めの影響もあり、中国の製造業景況感は3ヶ月連続で低下した。5月は52.0だったが、6月は50.9になった。これは09年2月の49.0以来の低水準だ。ただ50.0以上だから、かろうじて生産は拡大基調を保っているが、このまま金融引き締めが続けば、50.0を割り、生産が縮小の状況に陥る危険がある。また金利の上昇は、中小製造業者には大きな痛手で、悲鳴が上がりつつある。
中国政府のもう1つのジレンマは、不動産バブル対策だ。大都市中心の不動産バブルは、ここ数年の大きな問題で、インフレの要因にもなってきた。それよりも不動産の異常な値上がりで、一般庶民が住宅を購入するのは難しくなっている。不動産に膨大な投機マネーが流れ込み、不動産価格を押し上げてきた。政府は不動産バブルの鎮静化に躍起になっていて、不動産業者への銀行貸し出しの抑制、2件目以上の不動産取得には、より高い税金を課すなどの対策を取ってきた。
ところが、不動産バブル対策はそう単純な問題ではない。今や、不動産収入は地方政府の主要な財源になっているのだ。地方政府の多くは、傘下に投資会社を抱え、資金を調達し、その資金でインフラ整備などを行ってきた。資金調達の担保は地方政府が保有管理する不動産の開発権だ。地方政府はこの不動産開発権を不動産会社に売却し、返済原資をねん出するという仕組みだ。不動産価値が急落し、不動産開発権の価値が下がれば、大きな痛手となる。つまり、中央政府は不動産の急騰を抑え、不動産バブルを防ぐ必要と同時に、不動産の急落を防ぎ、地方政府に配慮する必要も考えなければならないというわけである。最近北京で話題になっているのは、新しくできた最高級マンションの価格騒動だ。このマンションは、国の迎賓館(釣魚台)の近くに建てられた。当初1平方メートル当たり最高30万元(380万円)での販売予定だったが、北京政府の「命令式指導」で、同15万元で販売することになった。
インフレ抑制が、いま政府の最重要課題となっているが、金融引き締めが成長の妨げとなっては元も子もない。この問題について政府内では議論があるという。それは、引き続き金融引き締めを続けるか、あるいは適当な時期に金融緩和に転換するかの議論である。それは、社会の安定を第1にするか、経済成長の持続を第1にするかの議論でもある。