今年の北京の夏は特に暑かったが、9月も半ばになると急に秋らしくなり、むしろ9月半ばの時点では東京の方が暑いくらいだった。
猛暑の中、9月3日に「抗日戦争勝利80周年記念」軍事パレードが天安門前を通る長安街で華々しく行われた。第2次世界大戦について、日本の教科書などでは日独伊枢軸同盟と米欧中心の連合国との戦争で、日本は米国に敗れたと教えられている。しかし中国では、第2次世界大戦の重要な構成部分は、中国軍民による「抗日戦争」であり、その勝利は第2次世界大戦という「反ファシズム戦争」の勝利に大きく貢献したと教えられている。
軍事パレードには人民解放軍兵士1万2000人以上が参加し、習近平国家主席が閲兵した。外国の元首・首脳の参列はロシア、北朝鮮、ベトナム、キューバ、イランなど26か国だった。メディアでは習近平、プーチン、金正恩3人が目立っていた。10年前の「抗日戦争勝利70周年」パレードには韓国のパク・クネ大統領が参列したが、今回は国会議長の参列に留めた。日本からは鳩山由紀夫元総理が参列した。
今回の軍事パレードには新型兵器が多数登場したと言われるが、筆者は軍事や兵器について全く疎い。そこで兵器に強い北京の友人に聞いたが、退役軍人の彼は今回目を引いた幾つかの武器を以下の通り挙げてくれた。
最新鋭ICBM「東風61」、潜水艦発射弾道ミサイル「巨浪3」、空中発射長距離ミサイル「驚雷1」、新型極超音速ミサイル「東風17」、射程延伸型弾道ミサイル「東風26」、ステレス戦闘機「殲35」、無人攻撃機、陸・空・海核三位一体兵器、AI搭載攻撃機、犬型ロボット無人機、レーザー・マイクロ波兵器など。私にはこれらが米軍の同様の兵器と比べどうなのかは分からないが、すでに軍事大国ロシア軍の兵器レベルを超えたのではないかと、何となく感じた。
軍事パレードを含む一連の「抗日戦争勝利80周年」記念イベントに対し、ネットの一部では「反日」の投稿があるが、北京市民の反応は総じて冷静である。記念イベントの一環として中国では2つの映画が全国で上映された。日本が中国大陸で行った「細菌戦」を描いた「731」(かつて日本の中国大陸における細菌戦部隊は「関東軍731部隊」と呼ばれ、中国軍の捕虜を使った人体実験、細菌を故意に村に散布するなどの蛮行を行ったとされている)、もう1つは「南京大虐殺」を描いた「南京写真館」(Dead To Right)だ。「南京写真館」は7月25日に公開されていて、多くの観客を集め、興行収入のトップを走っている。「731」は8月に公開される予定が延期され、「9・18事変」記念日の9月18日に公開された。
「9・18事変」とは、日本では一般的に「満州事変」と称されている。1931年9月18日、旧満州(現在の中国東北部)瀋陽市の近郊柳条湖付近で、日本軍が南満州鉄道(満鉄)を爆破、これを機に日本軍は中国東北部を全面占領した。そして翌1932年には中国東北部に日本の傀儡政権「満州国」を創り上げた。中国にとっては日本の対中国全面侵略のきっかけとなった事変で「国辱の日」なのだ。またここから全面的な「抗日戦争」が展開されたと理解されている。「731」は、北京では9月18日9:18から各劇場で公開された。この映画を観た友人の話では、多くの人が詰めかけ、客層は老若男女を含む幅広いものだったという。多くの観客は涙を流しながら観ていたそうだ。興行収入は初日1日だけで3億4500万元(約69億円)を超えたという。
筆者の正直な気持ちを言えば、抗日戦争記念の軍事パレードで高揚している多くの中国人が、「9・18事変」記念日を迎え、日本軍の残忍極まりない731細菌部隊、南京大虐殺の映画を観たら、どのような反応をするか心配である。まして、日中関係が悪い状況の下で、両国間に更なる亀裂が生じるのを怖れる。中国各地の「日本人学校」は9月18日、ある所は休校、あるところはオンライン授業に切り替えた。中国政府も決して対日関係が損なわれるのを望んでいるわけではない。中国外交部の林剣副報道官は18日の定例記者会見で、この2つの映画は「歴史をかがみとして平和を守るよう人々に呼びかけるものだ」と述べるとともに「中国は日本を含む各国の人々の訪中を歓迎する。在留外国人の安全は平等に守る」と表明した。
さて、話題を変えて中国の経済を見てみよう。ひと事で言うならば、昨年以来続いている不況・デフレ傾向は依然として変わっていない。2025年上半期のGDP成長率は対前年同期比+5.3%で、政府目標の「通年で+5%前後」をわずかに上回った。可処分所得も都市部で同+4.7%、農村部で同+6.2%と不況にしては良い数字と言える。GDPを支える主力の1つである輸出は同+5.9%と健闘した。しかしGDPの約3割を占める不動産関連市場はなかなか上昇しない。地方政府の膨大な債務問題は、昨年中央政府が5年間で10兆元(約210兆円)の対策費を投じる決定をし、地方債増発承認などのさまざまな手を打っているが、一朝一夕には効果が出ず、好転にはなお時間がかかるだろう。失業率は5%前後だが、深刻な問題は若年層(16歳―24歳)の失業率の高さである。2025年の各月ごとの失業率を見ると、1月16.1%、2月16.9%、3月16.5%、4月15.8%、5月14.9%、6月14.5%、7月17.8%、8月18.9%となっている。この若年層の高失業率は単なる経済問題ではすまない。「安定」を最優先にしている政府が最も警戒する治安の悪化に繋がりかねないからだ。
不況・デフレ傾向の最大の問題は消費が上向かないことだ。2025年上半期のCPI(消費者物価指数)は対前年同期比-0.1%だった。政府の通年目標である+2%には程遠い。なお通年目標が+3.0%だった2024年の平均CPIは同+0.2%だった。政府は経済構造の改革面で、2017年「イノベーション発展大綱」を発表し、「サービス業のGDPに占める割合を2025年までに60%にする」という目標を立てていた。途中米中経済摩擦が起き、コロナ蔓延という予測不能の事態に見舞われた事もあり、現在は54.6%と目標に達していない。
政府は消費拡大を目指すが、一方で不況下の節約を奨励する。公費で行う接待や宴会、懇親会などでは酒類の提供を原則禁止した。中国のような「接待文化」、「宴会文化」のある国では不満を言う人も多い。当然賛否両論がある。労費や無駄、贅沢は控えないといけないのは分かる。その一方で市場経済は、一定の浪費や無駄、贅沢は「必要悪」でもある。酒類提供禁止令が出ると、当然の事ながら茅台酒、五糧液、紹興酒、各種ビールなどを含めた酒類全体の消費は落ち込み、酒造メーカーの株は下がった。
8月13日、中国財政部は「個人消費貸付財政利子補給政策実施プラン」と「サービス業経営主体貸付利子補給政策実施プラン」を発表した。消費刺激策の一環である。自家用車購入、高齢者ケア、出産、教育・研修、文化・観光、家庭用品、電子製品などの購入、出費のためローンを利用する消費者は、利子のうちの1%を政府が負担するというものである。サービス業へも同じような優遇措置を提供する。この内需掘り起こし政策がどの程度成功するか、今後の状況を注目したい。
再度話題を変える。最近多くの人の関心を呼んだ出来事に2つの国際会議があった。1つは7月6日から7日までブラジルのリオデジャネイロで開かれた「BRICS首脳会議」であり、もう1つは8月31日から9月1日まで天津市で行われた「上海協力機構(SCO)首脳会議」である。どうしてこの2つの会議が注目されたかと言えば、この2つの会議は中国が力を入れて主導しているもので、構成国は全て「グローバルサウス」と呼ばれる、最近急速に力をつけ存在感を増している新興工業国である事、そしてこれらグローバルサウスの国々はどこも米トランプ政権の「関税攻撃」に晒されている。米国の圧力を受けている中国の人々は、グローバルサウスが団結してトランプ政権の関税圧力に対抗して欲しいという希望がある。
BRICSはブラジル、ロシア、インド、中国、南アフリカの頭文字をとった略称だが、発足時の5か国に加え、新たにエジプト、エチオピア、イラン、UAE、インドネシアが2024年1月から加わった。もともとアルゼンチンを含めた6か国が加わるはずだったが、2023年12月、アルゼンチンは加盟を撤回した。さらに「パートナー国」と言われるベトナム、トルコなど10数か国が緩やかな形で参加している。スタート時の5か国だけでも世界の面積の32%、人口の41%、GDPの25%(新5か国を加えると28%)、農地の30%、穀物・食肉生産の40%、海産物の50%、乳酸品の40%を占めている。またこのスタート5か国はすべて「資源大国」で、原油、天然ガス、石炭、鉄鉱石、ボーキサイト、レアアースなどの埋蔵量は多い。これらの国々は経済の地域協力推進、自由貿易堅持、そしてこれまでの米国などG7が牛耳る世界経済の古い枠組みを変えるべきだという認識では一致し、トランプ政権の「1国主義」とは一線を画している。しかし中国とインドは領土問題を抱え、微妙な関係にあるなど、内部が完全に一致しているとは言い難い。今回の会議では、グローバルサウスの協調、協力強化で一致、トランプ政権を名指しこそしないまでも「多国間主義」が強調され、暗にトランプ政権の「1国主義」を批判した。なお中国が強調する米欧主体の「国際銀行間通信協会(SWIFT)」に代わる新たな国際決済機関の設立については参加国がその重要性を確認し、早期設立で一致した。SWIFTに対抗できる新決済機関が出来れば、戦後の「ドル支配体制」は揺らぐ。それは米国の金融面での覇権的地位が根底から脅かされるという事である。これに関し、2024年トランプ大統領は「BRICSが共通通貨を創設した場合やドルの代替通貨支援をした場合、BRICS各国から米国への輸入に対し100%の関税を課す」と脅しをかけた。米国が神経質になっている事自体、BRICSの存在感、影響力が増している証拠である。
8月31日から9月1日まで、天津市で「上海協力機構(SCO)」首脳会議が開かれた。SCOは中ロ主導で2001年に設立された、ユーラシアの政治、経済・貿易、安全保障、科学技術、文化など広範囲な分野での協力機構である。中ロに加え、カザフスタン、キルギス、タジキスタン、ウズベキスタンの計6か国で発足したが、その後インド、パキスタン、イラン、ベラルーシが加わり、現在加盟国は10か国である。その他にスリランカ、トルコ、エジプト、サウジアラビア等の「対話パートナー」、モンゴル、アフガニスタンなどの「オブザーバー」等の国があり、「客員」参加としてトルクメニスタン、独立国家共同体(CIS)、ASEANがある。なお、本年9月20日9月に開かれた第79回国連総会で「国連と上海協力機構の協力」決議案が採択された。SCOは拡大を続け、影響力を増している。現時点でのGDPは世界の約21%、貿易総額の約20%を占めている。
自国での開催という事もあり、中国政府はSCO首脳会議に相当力を入れ、国民の関心も高かった。やはり大きな理由は、トランプ政権の「一国主義」、「関税攻撃」にどのように対処するか、対処できるかという問題である。もう1つは、アジア・ユーラシアの大国であると同時に、微妙な関係にある中国、ロシア、インドが結束できるかどうかの問題でもある。これは単なる米国の「一国主義」、「関税攻撃」に対抗するという事だけではない。中国にとっては、これまでの米欧による世界支配の枠組みを変えられるかどうかの問題なのだ。米国の「強大な力」は軍事力とドルから成っている。これまではどの国もドルに頼ってきた。しかしSCO開発銀行が出来れば、新興国同士でドルに頼らず、資金を融通する仕組みを作ることが出来、人民元など参加国通貨での決済ができるようになる。中国にとっては「人民元経済圏」の確立と拡大の展望が開けてくる。トランプ政権がブラジルやインドに50%の追加関税を課すなど、グローバルサウスに高圧的な姿勢をとっている今こそ、中国にとってはグローバルサウスと連携して「ドル支配」を打破するチャンスなのである。
習近平はSCO首脳会議で、かなり踏み込んだ演説を行った。対米関係では、トランプ政権を名指しこそしなかったが、①陣営対立という「冷戦指向」に反対、②大国による(関税などを利用しての)「いじめ行為」に反対、③多角的貿易体制の堅持、④「一帯一路」の共同建設推進、⑤エネルギー、インフラ建設、デジタル化の面での協力推進、⑥SCO開発銀行の早期設立、など米国中心の世界の政治、経済体制に風穴を開ける主張を述べた。
中国で上記の2つの国際会議が注目を集めたのには理由がある。それは今年の6月に北京で開かれた中国、ロシア、インドなどが参加した財務相・中央銀行総裁会議の内容だ。この会議は国際的にはあまり注目を集めなかったが、グローバルサウスやその他の発展途上国の金融関係者の間では大きな話題になった。この会議では非常に重要な案件が話し合われた。それは「SCO銀行」の設立についてである。これが「準備会議」となって、7月のBRICS首脳会議、9月のSCO会議へと繋がってゆくのである。
第2次大戦終了間際の1944年、米国の「ブレトン・ウッズホテル」で連合国44か国による通貨、金融に関する国際会議が開かれた。この会議で、ドルを基軸通貨とし、固定相場制という国際金融新体制を構築し、IMF(国際通貨基金)とIBRD(世界銀行)の発足を決定した。これは米国が世界経済と金融の支配者になった事を意味した。この体制は「ブレトン・ウッズ体制」と呼ばれた。BRICSとSCOの拡大、発展は、この「ブレトン・ウッズ体制」を揺るがしかねない事態なのである。中国は「一帯一路」を支える一環として「アジアインフラ投資銀行(AIIB)」を2015年12月に設立、翌2016年1月に開業した。それまでアジアには日米が主導する「アジア開発銀行(ADB)」があり、大きな役割を果たしてきた。しかし今やADBの加盟国が69か国・地域なのに対し、AIIBは110か国・地域が加盟している。客観的、冷静に見れば、近い将来中国の人民元が米国ドルにとって代わるような事は起きないであろう。しかし、AIIBに加えSCO銀行が出来れば、米国はハイテクや軍事分野と同じように、金融分野でも後方に中国の大きな足音が聞こえるようになる事は間違いない。
中国は経済不況下にあり、内憂外患状態にある。これは事実である。しかし、日本の一部のメディアが報道するような「崩壊寸前」では決してない。人々の中にはさまざまな不満があるが、基本的には安定が保たれている。経済面では、ハイテク分野は急速に発展し、世界トップに並ぶ分野も多く現れている。対外的には、単にトランプ政権の圧力に「耐える」だけではなく、グローバルサウスを束ねて、トランプ政権の「一国主義」、「関税攻撃」に反撃を加えるような対策も実施している。9月19日、米中首脳は電話協議を行った。トランプ大統領は、来る10月31日―11月1日ソウルで行われるアジア太平洋経済協力会議(APEC)で米中首脳は会談を行い、トランプ大統領は来年早々に北京を訪問し、習近平主席は適当な時期に訪米すると発表した。一方の中国側発表では、ソウルAPECでの米中首脳会談、トランプ大統領の年明け早々の訪中については触れなかった。これは政治的駆け引きだろう。中国はメンツの国だ。関税問題で米国の譲歩がないまま、トランプ大統領を受け入れるのはメンツを傷つけられる事だ。一方の米国にも覇権国としてのプライドがある。米中の政治的取引(ディール)は、互いのメンツを立てないと実現は難しい。米中の経済摩擦は、中国だけでなく米国にとっても国益を害するものとなっている。双方とも内心では米中関係を緩和させたいのだ。そして世界もそれを望んでいる(止)
西園寺一晃 2025年9月26日